住めば都 

老犬のことと、30代OLが日々思うことを書いています

犬、東大に入院する

前回「様子見で」となった犬の唾液腺嚢胞ですが、外科の先生のご意見により、やっぱり手術することになりました。

「手術しても再発することがあるかもしれない」「放っておいて悪くなるかどうかはわからない」→じゃあ様子見で… と思っていたのですが、そこに

「でももし悪くなったら次は緊急手術」「今手術するぶんには難しくなさそう」という情報が加わったので、最初に見ていただいた内科の先生にも手術を勧められました。緊急手術が必要になったときにすぐ行ける距離じゃないので…。

 

で、再度早朝に犬しょって東大まで行って手術をお願いしました。その日は午後から東京で仕事だったので、私が仕事している間に犬は手術を受ける流れ。家に帰ってから「手術は無事に終わり、犬ちゃんは麻酔からさめてごはんを食べました」という連絡を受けてひと安心。そのまま入院です。

本当は家のフードをもっていかないといけなかったのですが、連絡の行き違いで私が持って行っていなかったので、病院で処方してもらいました。「少食と伺っていたので病院のごはんの中でいちばんおいしそうな缶詰を選んでみました!」とのことで毎食完食だったそうです。やさしいね…。

内科もでしたが、外科も研修医の先生がとても優しくて、丁寧で、信頼して預けられました。

そして退院の日。また仕事を休んで東京までお迎えに行きました。犬を理由にいつでも休ませてくれる職場もやさしいね…。

犬は顎下からのどにかけて5cmくらいの傷を医療用ステープラーでバンバンとめられた結構痛々しい状態で、その上から透明のフィルムみたいなのが貼られていました。カラー持ってないと言ってあったので、綿と包帯で保護してありました。位置的にもカラーだと痛かったかも…?

傷は痛々しいけれど、動きは今までどおり何事もなかったように見えます。嚢胞自体は取ってないんだけど、嚢胞の原因になっていた唾液腺を取ったので、嚢胞自体もだんだん小さくなるはず、とのことで、確かにだんだん呼吸は楽そうになってきてます。まだ回復途上だけど、とりあえず現時点では、手術してよかったかな…。

 

私のほうは、不安もありつつも親切な獣医さんたちにいろいろ説明してもらって、治療のためと納得してやってるからいいのですが、気の毒なのは犬。理由もわからずキャリーで東京まで連れてこられ、全身麻酔から目覚めたらなんか切ったり縫ったりされてるし、飼い主はいないし、迎えに来てもらえるかどうかもわからない状態で数日入院。やっぱり一番大変なのは本人です。

ただ、そう思うと私も毎晩「犬は眠れてるかな…」と犬のことばかり考えてしまいました。いや、毎晩どころか、数秒ごとに犬のこと考えてました。仕事しているときはまだいいんだけど、いつも犬がいるはずの家にいて、犬がいないというのは結構こたえる。犬が死んだ後の生活を具体的に想像してしまうから。

普段犬がいるときは、うっかり蹴ったりしないよう足もとに気を付けたり、低いところに物を置かないようにしたり、ドアをゆっくり開け閉めしたり、無意識に何かと気にしていたのですが、犬不在中はそのたびに「あっ、犬はいないんだった」って思うのです。えさの用意もいらないし、トイレもいつまでたっても汚れない。

この流れだと「もうそういうの全部気を付けなくていいんだ」と気が楽になりそうなものですが、実際には楽にというより、何もかも完全にどうでもよくなってしまいました。ご飯も食べたり食べなかったり適当だし、掃除も洗濯もしないし、家にいたくないから気が向くまま深夜に住宅街をウロウロしたりして(DQウォークのはぐれメタルを探していた)。なんだか学生の頃に戻ったみたいな感覚があったのですが、学生の頃の私ってこんなに自暴自棄だったのか。

自分がいかに犬の存在で「ちゃんと」できていたのか身に染みました。仕事も含め、私がちゃんとしなくてはと思えるのは犬がいるから。生きる意味も働く意味も、犬がいる間は全く考える必要無いのです。犬が死んでもさすがに私まで死んだりはしないでしょうが、衝動的に仕事を辞めちゃうくらいのことはあるかもしれないなと思います。

今は犬と暮らすために働かなくてはいけないし、何と言っても前回の検査10万円に加え、今回の手術と入院が28万円かかってるので、労働意欲がわきますね…!